ピルの副効用:避妊以外のメリット
ピルのガイドラインが2006年2月改訂になりました。
前回は改訂の柱のひとつ、処方前の検査についてお話しましたが、今回はガイドラインに明記されるようになったピルの避妊効果以外のメリットを中心にお話します。
*本文中で使ったピル服用中の“生理”は正確には卵胞期、排卵、黄体期、のサイクルでの生理ではないので正確には消退出血“生理のような出血”です。
「楽しみにしている海外旅行、でも生理が不規則なわたしは生理にあたらないかいつも心配です。」「生理痛がいつも重く、生理前から憂うつになります。」「生理の量が多く生理中は外出も出来ません‥‥‥。」こうした生理に関する悩みをお持ちの方は、一度ピルを試してみることをおすすめします。
また副作用ばかりが強調されるピルですが避妊効果の他にもこれからお話しするさまざまな利点があり、避妊薬としてではなく治療薬として処方することも多くなりました。
ピルの薬理作用による利点
・生理不順の解消
・生理開始日のコントロール
・排卵痛、中間期出血の解消
ピル服用中、生理は規則正しく起こるようになります。これは卵巣自体の働きがお休みしている間ピルを服用することでホルモンバランスをコントロールしているためです。
そのため生理不順でいつ生理になるかわからない方でもピルを服用することにより今度いつ生理が来るのかがわかるようになり、旅行などの予定をたてやすくなります。また予定にあわせて生理を遅らせるなどコントロールすることが簡単に出来ます。低用量の1相性ピルをつかえば自分で生理のコントロールができるようになります。
また生理と生理のあいだの排卵痛や中間期の出血も排卵が起きないのでなくなります。
* 低用量の1相性ピル:通常のピルは3相性といって生理周期のホルモンの変化にあわせて卵胞ホルモンと黄体ホルモンの比率を3段階に調整していますが、1相性ピル〔商品名:マーベロン、オーソ〕は1周期同じ比率で配合されているため続けて服用すればその間は生理がくることはありませんし、この日から生理と自分であらかじめ決めることができます。
ガイドラインに明記されている利点
改訂されたガイドラインには海外、日本での長年のデータの蓄積により、効果が確かで信頼のおけるいくつかの利点が明記されました。
1.月経困難症
月経困難症とは
月経困難症とは腹痛、腰痛といった生理痛が強く、吐き気や下痢、頭痛などの症状をともなうものをいい、子宮筋腫や子宮内膜症といった原因があるものを続発性(器質性)月経困難症、とくに病変が見当たらないものを原発性月経困難症といいます。
月経困難症の原因
月経困難症の原因はプロスタグランディン(PG)という陣痛を起こすもととなる化学物質が子宮筋や血管を過度に収縮させるために血流を低下させ、そのために起こる痛みです。
PGは黄体ホルモン:プロゲステロンからつくられ、生理前の黄体期に多くなるため生理前の不快な症状(月経前症候群)の原因となり、月経血中の濃度はさらに高くなるため生理痛が引き起こされます。
さらにPGは子宮にとどまらず全身にまわり吐き気や下痢、頭痛などの症状を引き起こします。
月経困難症に対するピルの作用
ピルはこのPGの分泌を抑えるためこれらの症状をやわらげます。
またバソプレッシンというホルモンも子宮収縮に関係していますがこの作用も抑えると考えられています。次の項でお話しますがピルは子宮内膜を薄くして妊娠しにくくする作用があります。このため生理の量が減り、PGの量が減ります。
生理痛は子宮の中身すなわち月経血を押し出すための収縮痛ですから、生理の量が減れば当然痛みも少なくなります。
さらにあとでお話しする子宮内膜症に対する効果により子宮内膜症による生理痛も緩和されます。
月経困難症に対するピルの効果
これらの作用によりピルは月経困難症やおもい生理痛を軽減します。
ピルの服用で月経困難症は約1/3に減少します。1周期の服用で約6割、3周期で約8割が改善するというデータもあります。
2.過多月経
月経血にレバーのような塊が混じったり、生理が1週間以上も続くような場合過多月経が考えられます。子宮筋腫や子宮腺筋症が原因のこともあり、貧血の原因にもなるため一度婦人科を受診してみてください
過多月経に対するピルの作用、効果
月経血は着床、妊娠に備えて厚くなった子宮内膜が妊娠に至らずにはがれたものです。子宮内膜はまず卵胞ホルモンの作用により厚くなり、排卵後黄体ホルモンの作用でさらに厚くなります。
ところがピルを服用することにより生理開始直後、子宮内膜が厚くなり始める前よりピルに含まれている合成黄体ホルモンであるプロゲストーゲンが内膜に作用すると内膜は十分に厚くなることができません。
この作用が受精卵の着床を妨げ避妊効果を高めていますが、内膜が厚くならない、すなわち月経血の量を減らすという利点になるわけです。
2周期を超える服用で43%減少したと報告されています。
また子宮筋腫などによる過多月経に対しても注意深くチェックすることでピルの服用は可能です。
3.子宮内膜症
みなさんはお腹のなかも生理になることをご存知ですか?ちょっとキモイことですがそれが子宮内膜症の原因のひとつと考えられています。
子宮内膜症の原因
子宮内膜症は子宮内膜や類似の組織が子宮以外の場所に発生するもので、生理痛や不妊症の原因となります。
生理の時、月経血は卵管を通ってお腹の中に漏れだします。
これがお腹の中の生理です。内膜症発症のしくみはいまだにわかっていないこともありますが、その漏れだした月経血中の内膜組織が腹膜にとりつき、増殖して行くことが子宮内膜症発生原因のひとつです。
子宮内膜症に対するピルの作用、効果
『2.過多月経』でお話したようにピルを服用することにより生理の量が減ります。そうすればお腹の中へ逆流する月経血も少なくなり子宮内膜症の予防になります。
また子宮内膜症は妊娠により軽快することが以前より知られていました。
これは黄体ホルモンの作用と考えられます。ピルはいってみれば妊娠と同じような環境、すなわち実際の妊娠時より量はとても少ないのですが休薬期間を除き黄体ホルモン、プロゲストーゲンが作用するため(ピルを服用しない自然周期の場合、排卵までの卵胞期はほとんど黄体ホルモンが分泌されません。)子宮内膜症の治療になると考えられます。
欧米では子宮内膜症の治療としてのピルの使用はポピュラーです。生理痛の軽減効果のみでは偽閉経療法とあまり差がなく、子宮内膜症性嚢胞いわゆるチョコレート嚢腫も小さいものはピルにより縮小効果が認められ、お腹の中の病変にも効果があることがわかりました。
また1相性のピルの連続投与法も子宮内膜症治療に応用されています。
ピルによる子宮内膜症の治療に関してはまだ多くのデータが出ていないため今後の研究成果が待たれるところですが、妊娠を希望しない子宮内膜症患者さんには副作用も少なく治療効果が期待できそうです。
4.貧血
生理の量が減ることにより過多月経による貧血(鉄欠乏性貧血)が改善されます。
5.良性乳房疾患
乳腺繊維腫や嚢胞性疾患などの良性疾患に対してピルは予防的効果が認められています。
ピル服用経験のある女性は未経験者にくらべて35~58%の発生率で、服用中は16~52%に減少するといいます。黄体ホルモンが関与しているようですがくわしくはわかっていません。なお乳がんの予防効果はありません。
6.子宮外妊娠
これは妊娠しないため当然低下しますが、他の避妊法に比べて妊娠してしまったときの発生頻度が低いようです。
7.機能性卵巣嚢胞
卵胞嚢胞や黄体嚢胞といった機能性卵巣嚢胞は排卵の異常によって起こり手術が必要になることもあります。ピルを服用することにより排卵が抑制されるため発生頻度が低下します。アメリカでは年間約3,500人の入院が回避できていると推定されています。
8.良性卵巣腫瘍
卵巣腫瘍は卵巣の表面を覆う膜(上皮)が卵巣の中になんらかのきっかけで入り込みそれが増殖したものと考えられています。そのきっかけのひとつが排卵です。排卵が抑えられるため良性卵巣腫瘍の発生頻度が低下します。
9.子宮体がん
子宮体がん(子宮内膜癌)はエストロゲンが発生、増殖に関わり、プロゲストーゲンが発症を抑えます。ピルには両方の成分が含まれていますが、プロゲストーゲンの作用でピルを1年間服用すると発生は50%に低下します。3,4年で28%、5,6年で14%に低下するというデータもあり、これらの予防効果は3年以上服用した場合15年以上持続するためピルの服用は子宮体がんの予防効果があります。
10.卵巣がん
卵巣がんの成因
卵巣がんはもともと欧米にくらべて日本人は頻度が少ないのですが、近年増加傾向にあります。
原因のひとつとして“少子化”があります。どうして?と思われるかもしれませんが卵巣がんは卵巣腫瘍が癌化したものです。『8.良性卵巣腫瘍』でお話したように卵巣腫瘍の発生には排卵が関係しています。
排卵のために卵巣の表面が破れ、そのたびに修復を繰り返すわけで、修復の過程でなんらかのミスが起これば癌化のきっかけとなります。
“少子化”は当然排卵の回数を増やし、きっかけを多くします。また子宮内膜症の内膜症性嚢胞(チョコレート嚢腫)は卵巣がんの発生母地になります。
“少子化”はすなわち生理の回数を増やすことになり、『3.子宮内膜症』でお話した通りこれもきっかけを増やす原因のひとつとなります。
ピルの卵巣がんに対する予防効果
排卵を抑制し子宮内膜症を予防、治療すること、また卵巣への脳下垂体からのホルモン(ゴナドトロピン)の分泌を抑え卵巣への刺激を減少させることにより卵巣がんの発生頻度を低下させます。卵巣がん(上皮性卵巣癌)のリスクは40%減少し10年以上の服用で80%減少します。また中止後15年間効果が持続します。
11.大腸がん
大腸がんに関してもピル服用で発生頻度が低下します。しかし予防効果に関しては不明です。
12.骨粗鬆症
ピルに含まれているエストロゲンは腸に働きカルシウムの吸収を助け、骨に作用してカルシウムが失われるのを抑えます。その働きにより骨密度の減少を抑え骨粗鬆症の発生を予防します。これは更年期のホルモン補充療法と同じしくみです。40歳以上でピルを服用すると大腿骨頚部骨折の発生を25%低下させるという報告があります。また最近、10代20代でも無理なダイエットなどのためホルモンバランスがくずれエストロゲンの分泌が低下し骨粗鬆症予備軍が増加しています。ピルを服用しホルモンバランスを整えることが将来の骨粗鬆症の予防につながります。
13.尋常性ざ瘡、ニキビ
尋常性ざ瘡、ニキビ(生理前にひどくなるいわゆるアダルトニキビ、おとなにきび)は脂漏症(油肌)、多毛症などとともにテストステロンという男性ホルモン(アンドロゲン)によって引き起こされます。
しかしこのテストステロンは性ホルモン結合グロブリン(SHBG)という物質と結合すると男性ホルモン作用を発揮しません。
エストロゲンはこのSHBGを増加させる働きがあり、プロゲステロンは減少させます。
そのためプロゲステロン(黄体ホルモン)分泌の多い生理前はエストロゲン、プロゲステロンの比率により男性ホルモンの作用が強くニキビがひどくなり、逆に生理の後はお肌の状態がいいわけです。ピルに含まれているエストロゲンの作用でニキビとくに生理前のアダルトニキビ、おとなにきびはきれいになることが多いのですが、ひとによってはプロゲストーゲンの作用で逆にひどくなることもあります。
14.関節リウマチ
なぜか慢性関節リウマチの発生率を30%下げるという報告があります。また進行を遅らせるというデータもあります。機序については不明です。
そのほか認められている利点
今回のガイドラインには明記されていませんが、骨盤内感染症(PID)の減少と月経前症候群(PMS)の改善はひろく認められています。また子宮筋腫についてもお話します。
骨盤内感染症:Pelvic inflammatory disease PID の減少
骨盤内感染症とはクラミジアや淋菌などの病原体が性行為などにより感染し、子宮、卵管を通ってお腹の中(骨盤内)にまで感染がおよぶことで、腹痛や不妊症の原因になります。
ピルの避妊作用のひとつに子宮頸管(子宮の入り口)の粘液の粘り気を高め子宮にフタをした状態にして精子の侵入を防ぐ効果があります。この効果は精子だけではなくほかの病原体にもあてはまります。
また月経血が減ることで病原体の繁殖を抑え、お腹の中への逆流も少なくなるため骨盤内の感染症による炎症性疾患や卵管炎が40~50%減少するということが報告されています。もちろんピルはクラミジアやHIV(エイズウイルス)などの性行為感染症の予防効果はありません。
コンドームによる感染予防が必要ですが、よくいわれる“ピル飲むとHIVにかかりやすくなる”というのは根拠がありません。
性行為感染症はHIVの感染を促進する因子のひとつのため、逆にピルの服用により骨盤内感染症のリスクを低下させることで間接的にHIV感染のリスクを低下させる可能性があります。
月経前症候群:Premenstrual Syndrome PMS の改善
月経前症候群とは生理の前の腹痛、便秘、下痢、頭痛、めまい、むくみ、疲労感などの身体的症状や情緒不安定、うつ状態、不安などの精神症状をいいます。
月経前症候群の原因はまだわからないことが多いのですが、ホルモンバランスの変化が関わっています。
ピルの服用により排卵が抑えられ、ホルモンバランスが一定になるため月経前症候群、特に身体的な症状をやわらげます。
しかし月経前症候群はホルモンだけではなくさまざまな要因が重なり合い症状となって現れるため精神的な症状にはあまり効果的ではありません。
子宮筋腫発症率の減少
子宮筋腫はエストロゲンにより増大するためピルの使用について不安になることも多く、ピルの添付文書(くすりの説明書)では使ってはいけないこと「使用禁忌」となっています。
また今回の改訂でも前回同様、子宮筋腫は服用禁忌の条件となっていますが、(学会註)として『OC(経口避妊薬:ピル)が子宮筋腫を増悪させるというエビデンスはなく、WHOのガイドラインでも禁忌とはされていない。
ここでは、有症状で治療を必要とされる子宮筋腫とするのが妥当であろう。』というコメントがつくようにWHOの医学適応基準で「子宮筋腫」は『分類1:どのような状況でも使用できる』となっています。
実際に プロゲストーゲンの作用により発生は31%減少するという報告もあり、子宮筋腫があるものの手術をするほどでは無い場合、特に過多月経がみられる場合など良い適応であると思われます。
不妊症になる可能性を低下させる
ピルは避妊のための薬です。しかし今は赤ちゃんはいらないけれど、赤ちゃんは欲しい!と思っているかたにこそ使っていただきたい薬です。なにか矛盾しているようですが大切なことです。
近年不妊症に悩むご夫婦が増え続けています。子宮内膜症やクラミジアなどによる骨盤内感染症は不妊症のおもな原因のひとつですが、いままでお話してきたように、ピルを服用することはこれらのリスクを軽減するため不妊症の予防効果があるといえます。また望まない妊娠による中絶手術も不妊の原因となり得ます。
結婚されているかたはもちろん、彼氏がいない(>_<)かたも“避妊”ということだけではなく、将来のことを考え服用されてはいかがでしょうか。費用はひと月たかだか2~3,000円です。
お腹の中の環境は年齢を経るごとに確実に悪くなって行きます。ダイエットや化粧品、プチ整形にお金を使い外面をきれいにするのもいいでしょうが、体外受精の費用、?十万円を考えれば決して高いとは思いませんがいかがでしょうか。